暁のブログ~孤独な日常~

孤独な男が人生と向き合う魂と音楽のブログです

孤独と就職活動の思い出(その7)

明日からまたお仕事です。

しかも・・・土日出勤予定でございます。

病気な私の心は耐えきれるのでしょうか?

 

孤独と就職活動の思い出(その7)

前回の続きです。

akatsuki03ulx.hatenablog.com

 

・就職への不安

何とか内定をもらった私ですが、二つの不安がありました。

①引きこもっていた人間がまともに働けるのか?

私は学生時代に引きこもっていたせいで、バイト経験なし。

本当に生まれて初めて労働するという状況でした。

おまけにコミュ障なので、働けるのかとても不安でした。

②内定先の労働条件

内定先の会社は、賃金は地方の会社としては普通な水準でした。

しかし、「年間休日が異様に少ない」という問題がありました。

週休2日であれば、単純に104日はありそうなものですが、それ以下。

もっというと、90日を下回っていました。

 

引きこもり人間が、いきなり過酷な労働条件の会社に入社。

この二つの不安を残したまま、私は卒業の時を迎えたのでした。

次回から、私が働き始めたころの思い出について綴ろうと思います。

もし、同じ境遇でこれから働こう、働きたいと思っている方の参考になれば幸いです(#^^#)

 

孤独と就職活動の思い出(その6)

こんばんは、暁です。

不安のぬぐえない日々。

病気になってまで働いている今の会社に入ったことをブログに綴ることで、昔の自分と向き合い、奮起しなければと、一週間乗り切りました。

さてさて、それでは前回の続きになります。

 

akatsuki03ulx.hatenablog.com

 

孤独と就職活動の思い出(その6)

・就職活動再開

不思議な声により、奇跡的に死の淵から復活した私。

とはいえ、就職サイトでエントリーできる会社はほぼ無くなっており、絶望的な状況は全く変わっていませんでした。

ここで私は、「自分はまともな人間ではないから、まともな活動での就職は無理だ」と、発想の転換を行い、何かないか考えました。

すると、引きこもっていた学生時代、唯一努力して一つ資格を取っていたのを思い出しました。

一応、履歴書には書いていたのですが、まったく就活には役に立っていませんでしたが、割と特殊な資格だったので、一つぐらいはこの資格を必要としている会社はあるのでは?と考えました。

そこで、就職サイトには頼らず自力で調査したところ、その資格を必要としている会社があることを発見しました。

そして、就職サイトを通さず、その会社に直接アポイントメントをとってみたところ、「是非、面接を受けに来てください」との返答をいただきました。

 

・引きこもり男に舞い降りた蜘蛛の糸

面接当日、コミュ力が上がったわけでもなく、自分をPRできるエピソードができたわけでもなく、自分自身には何もない状態でしたが、今回だけは社会的な自分に「資格」という味方がついていました。

その会社があまり大きい会社ではなかったせいか、はたまた資格の威力なのか、面接は和やかに進み、何とか自分の不利な面をさらすことなく終了しました。

面接終了後、私は初めて就活で「確かな手ごたえ」を感じることができました。

 

そして後日、ついに念願の採用通知を受け取ることができました。

こうして私は人生のどん底まで落とされましたが、なんとか就職活動を無事に終えることができたのでした。

学生時代にこの資格がまさか自分を救うなんて思っていませんでしたが、学生時代にした唯一の努力に救われる、まるで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のようでした。

 

こうして、「奇跡」と「努力」によって、私は社会復帰への道を切り開くことができました。

しかし、世の中はそんなに甘くないです。

引きこもり男に待ち受ける次なる試練とは・・・。

 

ということで、続きます(´・ω・`)

 

孤独と就職活動の思い出(その5)

今日の体調(鬱具合)

今日はとあるミスをしてしまい、ひたすら平謝り。

相手はいいよ、と言ってくださったけど、相当へこんでしまいました。

そのストレスのせいか、病気の症状も出て辛かったです(;_;)

さらに病院に行ったらまたお薬をチェンジすることに。

いつまでこんな日々が続くのか・・・。

 

孤独と就職活動の思い出(その5)

 さて、前回の続きです。

akatsuki03ulx.hatenablog.com

 

・絶望の中の希望

就職活動に失敗し、「死にたい」とまで思うようになってしまった私。

それはある夜の出来事でした。

ベッドに横になり、寝ようとしましたが「死にたい」という言葉が頭から離れず、なかなか寝れませんでした。

そして、私は寝て夢の中だったのか、目を瞑って横になっているだけだったのか、今でもよくわからないのですが、半分現実・半分夢の中にいるような状態の時、耳元である声を聴いたのです。

「死にたいなんて思わないで、まだ若いんだから」

今でもはっきり覚えています。

確かに、耳元でささやかれたのです。

ひょっとしたら、親が言ったのかもしれないですが、親の前で「死にたい」なんて一言も言ったことはありませんでした。

そして、その声はとても暖かく、優しい口調で、慈愛に満ちており、こんなに心が温まる言葉は生まれて初めて聞きました。

そう、まるで、神さまが私に言ったかのようでした・・・。

 

・小さな奇跡

朝、私は目が覚めました。

そして、耳元で囁かれた言葉を思い出しました。

すると、目から涙が止まらなくなりました。

その言葉に、そのやさしさに、私は救われた気がして、頭の中から「死にたい」という言葉は消えて、ただ、その言葉への感謝の思いが「涙」という形でこみ上げてきました。

それは私が生まれて初めて体験した、不思議な「奇跡」でした。

 

その言葉によって救われた私は、エントリー企業ゼロの状態から、再び就職活動を始めるのでした。

 

・・・では続きは次回で(´・ω・`)

 

 

 

 

 

孤独と就職活動の思い出(その4)

燃え尽きる寸前・・・

お仕事が忙しすぎて、もうふらふらです。

昨日も朝から晩まで休日出勤、なのに終わらない・・・。

ブログを書く暇もなかったです。

心の病が進行しないか不安な日々、されど気にかけてくれる同僚もなく、会社でも孤独に仕事なのです。

 

孤独と就職活動の思い出(その4)

前回の続きです。

 

akatsuki03ulx.hatenablog.com

 

受ける企業がなくなってしまった私は、自分が実は社会の底辺だったと知ったことによる落胆と、たくさんの手間暇をかけたのに、そんなろくでもない息子に育ってしまった両親への申し訳なさで頭の中が埋め尽くされました。

そして、今までの自分の人生を振り返り、底辺のくせに調子に乗って行ってきた振る舞いを心底恥じ、「この世から消えてしまいたい」、そんな思いが芽生え始めました。

 

それ以来、何をしていても頭の中で「死にたい」という言葉がこびりついて離れなくなりました。そう、生まれてから初めて本気で「死にたい」と思いました。

大学生のころは、どちらかというと「死」というものを人以上に恐れて、死ぬのが怖くて動けなくなるようなこともありました。

そんな人間が「死にたい」と思うようになるほどの精神的ショック、今までいろんなことを避けてきた報いを一気に受けたかのようでした。

 

世の中は厳しい。

生きるためには何らかの糧を得なければならない。

それはすべての生き物に通じること。

私は「生き物」としての生存競争に敗れ去ったのでした。

そして敗者の行きつく先は・・・。

 

 

続きはまた次回で(´・ω・`)

 

孤独と就職活動の思い出(その3)

孤独と就職活動の思い出(その3)

こんな孤独な男の思い出話の記事に、「続きが読みたい」というコメントをくださってありがとうございます(*^^*)

ご好評につき、続きを執筆させていただきます。

ちなみに過去の記事はこちらです↓

 

akatsuki03ulx.hatenablog.com

 akatsuki03ulx.hatenablog.com

・就職試験連敗時のショック

悪夢のような面接失敗を繰り返すことで、私は二つの大きな心の傷を負いました。

 

1つは「両親に申し訳ない」という思いです。

私は大学院で地元に帰ったのは、経済的なことも関係していて、親元に戻って過ごすことで改めて知ったのですが、両親は私の学費をねん出するために、本当に質素な生活をしていました。

「こんな両親に苦労を掛けているのにこのままでは駄目だ!」と思ったのが、就職活動を始めた一番のきっかけでした。

しかし、内定をもらい、親に早く朗報をもたらしたいという思いとは裏腹に、連敗を重ね、次の就職試験を受けるために次々と親から交通費を貰う自分がいて、何とも情けなくて悔しくて、歯痒い気持ちでした。

両親も私が落ちるたびに励まして、そして交通費を渡してくれて、本当に辛かったです・・・。

 

2つ目は「自分が世の中に必要とされないクズ人間」だと世間からみなされていると感じたことです。

就職活動を始めた時「引きこもってた自分が、果たして会社で長続きするのか・・・」という心配をしていましたが、何のことはない、働く以前の問題で、「働かせてすらもらえない」のが自分の現状でした。

誰しも心の中で「自分は実は特別な才能を持っていて、それを発揮できないでいる。でも、本気を出せばいつかそれを発揮できる」と思ってたことがあるかと思います。

私は本気を出した結果、本当の自分は「社会から門前払いを喰らうクズ人間」だったことに気づかされたのです。

本当の自分と向き合い、それが自分の思い描いていた姿とは程遠いことを知り、私は今まで感じたことのない大きなショックを受けました。

 

・ついにエントリー企業は最後の1社に

そうこうしている間に時は過ぎ、たくさんエントリーしていたはずが、最後の1社になりました。ほとんどの企業は求人を締め切っていて、「もう、何が何でもこの会社に内定をもらうしかない!」という本当に強い思いで臨みました。

しかしながら、その思いとは裏腹に最後の企業はいわゆる「圧迫面接」のスタイルでした。このスタイルでの面接は初めてだったので、面接官の攻撃に私は全く対応できず、会社から出た途端、「終わった・・・」と思いました。

案の定、後日、その会社から不採用通知が届き、ついに私は受ける会社すら無くなってしまったのでした。

 

・・・次回に続きます(´・ω・`)